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寿司屋事典

寿司屋事典

目指したのは寿司の大衆化「元気寿司」

元気寿司は、西日本で回転寿司を展開していた元禄産業株式会社のフランチャイジーとして、1968年(昭和43年)に宇都宮市で創業。1990年(平成2年)に株式会社元禄との 「元禄寿司商標使用に関する契約」を解約し、「元気寿司」として展開を開始しました。

積極的な店舗展開

積極的な店舗展開

創業以来、関東地方を中心にチェーン展開を進めてきた元気寿司。特に郊外への出店により、回転寿司の郊外型店舗が増加するきっかけとなりました。1979年(昭和54年)、宇都宮市大曽町に「元禄商事株式会社」を設立すると、1984年(昭和59年)1月には「株式会社元禄」と「元禄寿司商標使用に関する契約」を締結。1989年(平成元年)に行なった「株式会社廻る元禄」の合併や、1995年(平成7年)に新潟県で5店舗、埼玉県で6店舗を営業譲渡によって取得するなどチェーン店として成長していき、国内においてスシロー、はま寿司、無添くら寿司、かっぱ寿司の100円均一4大チェーンに次ぐ店舗数を誇っています。また海外でも寿司文化が認められていくのと平行して、1992年(平成4年)全額出資子会社の「GENKI SUSHI HAWAII, INC.(現GENKI SUSHI USA, INC.)」を設立し、翌年にはハワイ1号店をオープン。シンガポール、香港、マレーシア、台湾、タイ、クウェート、中国と、国内のみならず欧米やアジア諸国にも広く展開しています。

目指したのは寿司の大衆化

元気寿司は都心や駅前などに多く出店し、リーズナブルな3つのレギュラー価格にプレミアム価格を加えた分かりやすく充実したメニューで、ファミリー層を中心として幅広い年齢層に支持されています。創業以来、寿司の大衆化に努めてリーズナブルな価格帯を維持しながら、市場からの直接仕入れや店内加工を増やすことで鮮度を守るなど、クオリティにも妥協がありません。また革新的な手法を取り入れる社風があり、現在では回転寿司店の標準にもなっている価格別に皿の色を変える方式を開発した他、社内教育制度として「寿司大学」を創設し、回転寿司のエキスパート養成にも力を入れています。

あらゆる方法で「寿司を磨く」

元気寿司では、シンプルな料理である寿司のクオリティを向上させるため、「寿司を磨く」と表現し、スタッフ一人ひとりの技術をブラッシュアップしています。シャリの形、ネタの切り方、海苔の巻き具合、トッピングと、寿司作りの作業は単純なものの積み重ね。それゆえ奥は深く、バランスのとれた完璧な一皿を仕上げることは難しいものです。そのひとつひとつの精度を高めて、確実に昨日より美しい一皿を仕上げることを目指しています。また回転寿司にとって重要な要素である「スピード」にもこだわります。注文を受けてから提供までに長い時間がかかっては、待ち時間にストレスを感じるだけでなく寿司の命とも言える鮮度にも影響します。店舗に特急レーンを導入することも対策のひとつですが、スタッフが無駄のない動きを追求することで、スピードを上げることを目指しています。