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寿司屋事典

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全国で広がり寿司の代名詞「江戸前寿司」

江戸前寿司とは「握り寿司」のことです。もともと「江戸前」が東京湾で捕れた魚介を指す言葉であったことから、「江戸前寿司」の定義を「東京湾で捕れた魚介を使用した寿司」とする場合や、「刺身を塩や酢でしめるといった独特の技法を用いた寿司」とする場合もありますが、広義では「江戸前寿司=握り寿司」の意味で使用されます。

全国に広がり寿司の代名詞に

全国に広がり寿司の代名詞に

江戸前寿司は寿司の中でいちばん歴史の浅い寿司で、酢を混ぜ合わせたご飯を握り、その上に魚介の刺身を乗せた料理です。江戸時代に東京で発案され、その後全国へと広がり寿司の代名詞となりました。

江戸前寿司の発祥

定説では、1820年(文政3年)頃、東京・両国に店を構えていた華屋 与兵衛(はなや よへえ)によって考え出されたと伝えられていますが、自然発生的に誕生したとの説もあるようです。東京湾で捕れた新鮮な魚介類(=江戸前)を、わざわざ塩に漬けて保存食に加工するのはもったいないと、にぎりめしに刺身を乗せたのが始まりです。

「江戸前」はうなぎ屋が元祖

「江戸前」という言葉は、最初はうなぎ屋が使用していたようですが、当時江戸で大きな店を構えた寿司屋がその言葉を気に入り「江戸前寿司」と言い出したことで、その名称が広まったと言われています。

下処理は、生の魚を食べる知恵

「独特の技法を用いた寿司」という意味での「江戸前寿司」では、酢でしめたりしょうゆに浸けたりといった下処理を施しますが、これは、冷蔵技術のない時代に誕生した料理であることに由来しています。

ヅケの誕生秘話

マグロのヅケが誕生したのは1855年(嘉永7年)のことで、日本近海でマグロが捕れすぎたことがきっかけです。少し日が経ち安くなったマグロを寿司屋が大量に仕入れ、ニオイをごまかすためにしょうゆに浸けたものが「ヅケ」の始まりだといわれています。当時は徳用品として売り出していたヅケの寿司でしたが、明治に入ってからは新鮮なマグロもわざわざヅケとして提供する程に人気を集めました。現在はあまり見かけませんが、当時は白身魚をしょうゆ漬けにする店も多くありました。

酢締めは伝統的な手法

酢締め(酢〆)は、江戸前寿司の伝統的な手法。魚介に軽く塩を振り、しばらく置いてから酢に浸けて締める方法が一般的です。今も酢で締められるサバやコハダ、キスだけでなく、当時は、アジやサヨリ、白身魚や貝類なども酢で締めてネタに使用していました。

江戸前以外の握り寿司

岡山県・児島半島の西部地域では、「ママカリ寿司」と呼ばれる握り寿司を見ることができます。ママカリとは正式名を「サッパ」と言い、岡山県を代表する魚のひとつ。「隣からご飯(ママ)を借りる程においしい」というのがその名の由来です。

ママカリ寿司の作り方は、まず、ウロコを取ったママカリの頭とはらわたを取り除いてから指で身を開き、骨を取って塩を多めに振ったあと、酢に漬けて締めます。これを、一口大に握ったすし飯に乗せて完成です。ママカリ寿司のように、地域特産の食材を使用した握り寿司も、郷土寿司のひとつに数えられます。