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ステーキハウス事典

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ブランド牛の先駆け!日本三大和牛の一つ「近江牛」

日本三大和牛のひとつとして知られており、ブランド牛の先駆けとしても有名です。その歴史は古く、奈良時代から明治時代初期まで続いた肉食禁止令の影で、「薬」として江戸幕府へ献上していたとの記録が残っている程。明治に入り東海道線が開通したことをきっかけに、全国へとその名を広めました。

のびのびと育てられ、深みのある味わいに

のびのびと育てられ、深みのある味わいに

近江牛として出荷される牛の品種は「黒毛和種」と呼ばれる物で、兵庫県・但馬地方で生産されている「但馬牛」などが有名です。子牛の状態から出荷までの900日程度を、指定農家で過ごします。四方を山に囲まれ、琵琶湖からなる自然豊かな地でのびのびと育てられた近江牛は、深みのある味わいが特徴です。

近江牛の条件

子牛として仕入れた黒毛和種(但馬牛)を、滋賀県内の指定農家で平均900日程度肥育することが条件で、未経産のメス牛、もしくは、去勢済のオス牛に限られます。中でも、枝肉格付がA4、B4等級以上の物は、「認証近江牛」として、認定証などが発行されます。

近江牛の特徴

琵琶湖の清らかな水や、栄養バランスに配慮した飼料により、育まれた肉質は作られます。近江牛は、特有の香りと肉のやわらかさが特徴です。また、細かく入った脂肪のひとつひとつにツヤがあり、適度に粘り気も感じられるため、口の中でとろけるような食感を生み出します。輸送中の水分の蒸発が少なく牛の体重が減りにくいため、肉本来のみずみずしさを感じられます。生肉特有の臭みが少ないため、「牛たたき」や「にぎり寿司」に適しています。

江戸幕府への贈答品としても重宝されていた

江戸幕府へ献上する贈り物としても知られていた近江牛。その歴史を紐解くと、日本における牛肉の文化が見えてきます。

牛肉の味噌漬け「反本丸」

奈良時代から始まった肉食禁止令により、公には肉食がなされていなかったものの、江戸時代においては、牛肉を「薬」として位置づけ、一部の上流階級のあいだでは肉食の文化が広がっていきました。特に、現在の滋賀県において考案された牛肉の味噌漬け「反本丸(へんぽんがん)」は、大名たちの中でも特に評判が高く、江戸幕府への贈答品として喜ばれるようになりました。このことが、「近江牛」のブランドが歴史に名を残すきっかけとなりました。

牛肉を乾燥させて保存

現在の滋賀県に位置する、当時の彦根藩では、牛肉の味噌漬け「反本丸」が作られる以前は、牛肉を乾燥させた保存食を作っていたようです。保存食づくりには、大量の塩を使用するのが一般的ですが、牛肉の味わいを生かすためなるべく塩を減らそうと、1月上旬から1ヵ月程の、もっとも寒い季節に作られる物が上等だとされていました。この保存食の作り方は、水洗いをした牛肉を一度蒸し上げ、糸などで吊るして陰干しにする物で、現在のビーフジャーキーのような食感であったと考えられています。あたたかくなると、塩を使用しない製法ではすぐに傷んでしまうため、塩をまぶしてから干していましたが、人気は今ひとつだったようです。