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ラーメン屋事典

ラーメン屋事典

日本人に愛されるラーメン屋の歴史をご紹介

当時、「中華麺」と呼ばれていた物を日本人として最初に口にしたのは1665年(寛文5年)、儒学者の朱舜水による接待を受けた水戸光圀だったと言われています。日本国内でどのようにしてラーメン屋は生まれ、ここまで浸透したのでしょうか。ラーメン屋の原型が生まれた明治時代、第二次世界大戦を迎える直前の1930年代。そして、国民食としての裾野を広げた戦後…。さらに「ジャンルレス」とも呼べる程、多様なラーメン屋が登場し始めた1990年代など、国内での歴史を振り返ります。

明治時代、港町に中国人街ができる

明治時代、港町に中国人街ができる

水戸光圀が初めて中華麺を食してから約200年後。1872年(明治5年)、明治維新により開国された各地の港町に中国人街ができました。中国人街のひとつ、横浜中華街に中華料理屋がオープン。ここで国内最初のラーメンが提供されたという説があります。また、1884年(明治17年)、「南京そば」というメニューを出した函館の養和軒が国内最初のラーメン屋であるという説もあります。この店は新聞広告も出したため、広く宣伝された初めての中華麺であったとも言われています。このように1920~1930年代にかけて、札幌、喜多方、九州、大阪など各地に続々とラーメン屋が誕生しました。

戦後にはラーメンの屋台も登場

ラーメン屋台は、戦後、中国からの引揚者が経営していました。中国に渡りラーメンの作り方を覚えてきたことも大きかったそうです。戦後、豚骨、味噌ラーメンなど各地にご当地の味とされるラーメンも徐々にできていきました。1955年(昭和30年)には、有名店である東京、池袋の大勝軒でつけ麺も開発されました。

1980年に一大・豚骨ブームが巻き起こる

全国にあるラーメン屋の中には、次々に店舗数を増やし規模を拡大する店も目立ち始めました。なかでも1980年(昭和55年)に九州の有名店である、「なんでんかんでん」が自慢の豚骨スープを引っ提げて関東に出店しました。爆発的なブームとなり、全国的に豚骨を中心としたこってり味のラーメン人気が広まりました。それまで各地域で、地元の人だけが食べていたひとつの店の味が全国区になった瞬間でした。

こってりブームが沈静化したあと

豚骨ラーメンを中心にした、こってり味のブームが沈静化すると、今度は1990年代に醤油、塩といったあっさり、さっぱり味が好まれました。この頃、醤油ラーメンの代名詞である和歌山ラーメンも全国にまで名を広めました。

味だけでなく空間にも変化が

決して広いとは言えない、やや雑多な空間で食事を取るのが従来のラーメン屋でしたが、2000年代になると関東圏を中心にラーメンダイニングなる業態も現れます。オシャレなカフェを思わせる空間は、広々とした間取りでゆったりと食べられることが特徴でした。店の空間でもラーメン屋はその個性を出すように工夫を凝らしたのです。

若き経営者などが新規参入

淡麗系、つけ麺、汁なしのまぜ麺などジャンルが多様化した結果、若き経営者による店も増えました。こだわりを前面に出した店も多く、資本力のある有名店が展開する店と対極にあるような存在です。また、汁なし、濃厚魚介つけ麺、淡麗系といったブームと共に、そのブームに特化した店もオープンしています。