明治時代の文明開化と共にブームとなった昔ながらの洋食メニューをご紹介!/ホームメイト
様々な洋食メニューが次々と誕生する中、もう一度原点に戻ろうと、昔ながらの洋食メニューが再び注目を集めています。それに伴い、長い歴史を持つ老舗レストランへ足を運ぶ人も増えているようです。
文明開化の香りを求めて

文明開化と共に訪れた、伝統的な洋食メニューの数々。その中には、最近ではあまり見かけないメニューや、オリジナルとは姿を変え広く知られているものもあるようです。明治の時代に思いを馳せながら、当時の人々の気持ちに触れてみてはいかがでしょうか。
ビーフカツレツ
現在では、「カツ」と言えば豚肉のイメージが強くありますが、当時は「肉料理=牛肉」のイメージが強く、「ポークカツレツ」など豚肉であることが明記されていない場合は、牛肉のカツが提供されることが多かったようです。
「カツ」の名は、英語の「カットレット」がなまって「カツレツ」になり、単に「カツ」と呼ばれるようになったことがその由来です。「カットレット」とは、肉をフライパンでソテーしたフランス料理のことで、フランス語では「コートレット」の呼び名で親しまれています。
ちなみに、日本の文献に「カツレツ」の名が初めて登場したのは、江戸時代である1860年(万延元年)のこと。福沢諭吉が発表した単語集「増訂華英通語」内に、その名を確認することができますが、実際にカツレツを食べたことのある人はほとんどいなかったと伝えられています。
ソース
神戸や大阪などの地域では、今もビーフカツが好んで食べられているようです。神戸市中央区の「洋食の朝日」「ゲンジ」、大阪市生野区の「ポッケ」大阪市中央区の「洋食Katsui」などが有名です。カツに添えるソースは、レストランらしく、デミグラスソースやグレービーソースを添える店が多いようです。
コロッケ
コロッケが日本の文献に登場したのは明治初期の頃で、「ジャガイモを使用して作る、ガンモドキのような料理」と紹介されています。
コロッケの名は、フランス料理の「クロケット」に由来しています。「クロケット」とは、野菜や肉、魚介類を細かく刻んだ具材をベシャメルソース(ホワイトソース)やジャガイモと和えて成型し、パン粉などの衣を付けて油で揚げた料理。フランス料理としてのクロケットは、明治政府が建てた社交場「鹿鳴館」で提供されていましたが、庶民には手が届かない高級料理でした。
当時のクロケットが食べられる老舗店
東京・銀座の「資生堂パーラー」では、当時の面影を残すクロケットが今も看板メニューとして人気を集めています。この料理の考案者は、三代目料理長の高石鍈之助。1921年(大正10年)に当時の皇太子(のちの昭和天皇)の午餐会で提供されたフォアグラ入りのコロッケをもとに、メニュー化しようと試行錯誤を重ねました。
そうして1931年(昭和6年)に完成したのが、仔牛肉とベシャメルソースを合わせた具材を衣で包んだ高級コロッケです。そのレシピは今も変わっておらず、1度揚げたあとにオーブンで焼き上げることで、余分な油を落としながらカラッとした口当たりに仕上げています。

