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レストラン事典

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洋食の老舗「たいめいけん」の伝統の味を引き継ぐ料理人「茂出木浩司氏」

1967年(昭和42年)東京都中央区生まれの料理人で、洋食の老舗「たいめいけん」の3代目シェフです。看板料理は、オムライス、グラタン、ポテトコロッケ、コールスローでレシピがホームページに掲載されています。「たいめいけん」の3代目シェフ茂出木浩司氏は、老舗の伝統の継承と新たな業務展開を行なっています。

老舗レストランの3代目シェフとして

老舗レストランの3代目シェフとして

茂出木浩司氏は、2代目である茂出木雅章氏の長男として生まれました。講演や著作が多くメディア露出の多かった父・茂出木雅章氏との比較に常々嫌気がさして違う道に進もうと考え、早くから実家を離れて店の寮に住むようになりました。中学の夏休みにUSC(南カリフォルニア大学)の英語学校に通い英語を学びました。東京都立駒場高等学校卒業後、再び語学留学のために渡米しました。帰国後東京都内のレストラン数軒で修業をした後、1994年(平成6年)に実家「たいめいけん」へと戻ります。

24歳で戻ってきたものの、仕事は鍋や皿洗いからのスタートでした。「親のスパイ」と罵られながらも伝統の味を着々と身に付けていきます。27歳で結婚、専務取締役、及び3代目シェフに就任し正式に店を継ぐことが決定しましたが、その自覚が芽生えたのは30代の半ばになってからだと言います。

2001年(平成13年)日本橋三越地下に惣菜店『デリカテッセン・ヒロ』を開店したのを皮切りに、姉妹店「洋食や三代目たいめいけん」を上野駅内などに展開していきます。また、料理人には珍しくこんがりと日焼けした茂出木氏自身の活発なキャラクターが人気を呼び、テレビをはじめとするメディアにも多数出演しています。

たいめいけん

1931年(昭和6年)、東京都京橋『「西支御料理処」泰明軒』で洋食・中華料理の修業をした茂出木心護(本名:茂出木眞太郎)氏が東京都中央区新川に屋号をもらって創業した「泰明軒」に端を発します。中央区日本橋に移転、「たいめいけん」と改名しました。現在まで続く料理相談「お料理110番」を1960年(昭和35年)に開設、1977年(昭和52年)に自身が愛した凧を集めた「凧の博物館」を設立しました。

1978年(昭和53年)、初代シェフの逝去により、長男の茂出木雅章氏が代表取締役に就任します。同年会社の目的を「料理店の経営ならびに食料品の販売」、「不動産の賃貸」、「凧の仕入れ販売」、及び「凧の博物館の運営」、などへと変更します。

1997年(平成9年)、2代目茂出木雅章氏が社長に就任、第一線を退き3代目茂出木浩司氏がシェフになりました。2001年(平成13年)、日本橋三越に惣菜店 「デリカテッセン・ヒロ」を開店、2010年(平成22年)、エキュート上野に「洋食や三代目たいめいけん」を出店し、「レストラン」のみならず多角的な展開をしています。

洋食は和食

「たいめいけん」の歴史は、明治に興った日本の西洋料理史そのものです。「洋食」は西洋の料理そのままではなく、ごはんを一緒に食べられるものを中心とした家庭料理の豪華版。だからこそ、茂出木氏は「洋食は和食」と考えています。今風に斬新なものを取り入れるのではなく、シンプルな基本の洋食の中に「たいめいけん」の歴史があります。素材もブランドではなく「良いものを使う」ことにこだわっています。