ご希望の飲食店情報を無料で検索できます

クックドア

文字サイズ

レストラン事典

レストラン事典

スイーツとアートの融合を生み出す料理人「辻口博啓氏」

1967年(昭和42年)石川県七尾市生まれのパティシエで、「ル・ミュゼ・ドゥ・アッシュ」のオーナーパティシエです。国内外の大会を総なめにした日本の製菓業界を代表する存在です。日本とフランスで修業し、多くのコンクールを制してきた辻口氏がオープンした「ル・ミュゼ・ドゥ・アッシュ」は、同氏が有するパティスリー、ロールケーキ専門店、コンフィチュール専門店などすべてのブランドと、アートとスイーツが融合した「辻口博啓美術館」が入っており、辻口氏の魅力のすべてを味わえます。

修行

修行

1967年(昭和42年)、石川県七尾市に生ました。実家は和菓子店「紅屋(べにや)」でしたが、小学3年のときに生まれて初めてショートケーキのおいしさに感動し、洋菓子職人を志すようになりました。石川県立中島高等学校卒業後、東京にあるフランス伝統菓子の第一人者、河田勝彦氏のフランス菓子店「オーボンヴュータン」にて住み込みで修行をしました。当時の「オーボンヴュータン」には、「オテル・ドゥ・ミクニ」で製菓長を務めていた経歴を持つ栃木県足利市の「ル・クール」のオーナーシェフ武井一仁氏も修業に来ていました。1990年(平成2年)、「全国洋菓子技術コンクール」を史上最年少(23歳)で制し、その後も多くの国内大会で優勝を勝ち取りました。1994年(平成6年)、フランスで2年に一度開催される最も権威のあるパティシエの大会「シャルル・プルースト杯」で銀メダルを受賞したのを皮切りに、フランスのパティシエの大会でも、その実力を発揮していきます。自らの店の開店準備のためにフランス・セットにあるMOF(仏国家最優秀職人章)を受けた洋菓子店「パティスリー・ベルタン」で半年間修業しました。

「ル・ミュゼ・ドゥ・アッシュ」へ

1998年(平成10年)、東京自由が丘に「モンサンクレール」をオープンし、シェフパティシエになりました。2002年(平成14年)には同じく自由が丘にロールケーキ専門店「自由が丘ロール屋」、三重県にコンフィチュール専門店「コンフィチュール・アッシュ」を開店しました。2004年(平成16年)には、18歳の頃に廃業してしまった実家の和菓子屋「紅屋」を「和楽紅屋」として二子玉川の百貨店内に出店、念願の実家の再建を叶えました。

2006年(平成18年)、石川県和倉温泉で辻口氏の8ブランドすべてを集めた「辻口博啓美術館ル・ミュゼ・ドゥ・アッシュ」を開館しました。

国内外で活躍

各種パティシエ世界大会に日本代表として出場し、優勝しました。「モンサンクレール」はじめ、様々な専門店12ブランドを展開しています。スイーツによる地域振興や商品開発・プロデュース業務、食育など幅広く活躍しています。お菓子教室「SUPER SWEETS SCHOOL自由が丘校」、石川県の「スーパースイーツ製菓専門学校」校長、一般社団法人日本スイーツ協会代表理事として、「スイーツ検定」を実施するなどスイーツ文化の確立に尽力しています。

主な受賞歴と活躍は、以下の通りです。

  • 1990年(平成2年):「全国洋菓子技術コンクール」優勝
  • 1992年(平成4年):「50周年記念全国洋菓子コンクール」総合優勝
  • 1993年(平成5年):「東日本洋菓子コンクール マジパン部門」優勝
  • 1994年(平成6年):「コンクール・シャルル・プルースト」銀賞受賞
  • 1995年(平成7年):「クープ・ド・フランス インターナショナル杯」優勝
  • 1996年(平成8年):「ジャンマリーシブナレル杯」3位受賞、「ソぺクサ(仏大使館主催の仏菓子コンクール)」優勝
  • 1997年(平成9年):「クープ・ド・モンド・ドゥ・ラ・パティスリーあめ細工部門」 優勝
  • 1999年(平成11年):フジテレビ「料理の鉄人」にてイタリアンの鉄人・神戸勝彦に勝利
  • 2000年(平成12年):ガストロミックの会モンタニエより「シュバリエ」を受賞。イタリア鉄人協会会員となる。
  • 2002年(平成14年):「ヘーゼルナッツ国際大会」総合優勝
  • 2011年(平成23年):ベトナムの農薬無茶畑の茶葉を使った「天空の辻口茶園」販売開始、SUPER SWEETS SCHOOL自由が丘校開校
  • 2012年(平成24年):石川県でスーパースイーツ製菓専門学校開校
  • 2013年(平成25年):「サロン・デュ・ショコラ」最優秀賞