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喫茶店・カフェ事典

喫茶店・カフェ事典

喫茶店の歴史(海外)

日本で言う「喫茶店」とは、アルコールや食事類を取り扱うカフェに対し、コーヒーなどの酒類以外の飲料を提供するお店を指します。英語で喫茶店は、「カフェ(cafe)」とも訳され、海外と日本では定義も違うためやや曖昧ですが、ここでは、日本での区別を基準とし、一般的にアルコール類を扱っていない「コーヒーショップ(coffee shop)」、または「コーヒーハウス(coffee house)」の歴史を中心に見ていきます。日本よりもはるか前に家の外でコーヒーを飲む習慣があった海外で、喫茶店は一体どのような役目を果たし、どのように発展してきたのでしょうか。

コーヒーハウスが世界へ普及するまで

コーヒーハウスが世界へ普及するまで

いつ頃から人間がコーヒーを飲み始めたのか、正確な時期ははっきりとしていないものの、最初は修道者が用いる秘薬として扱われる宗教色の強い飲み物だったと言われています。そして、1454年(享徳3年)には中東のイスラム世界において、一般民衆がコーヒーを嗜好品として飲用するようになります。1554年(天文23年)、オスマン王国のコンスタンティノープル(現在のトルコの首都・イスタンブルの前身)に、世界で初めてコーヒーショップが開業しました。これは、「カフヴェハーネ(コーヒーの家)」と呼ばれ、豪華な装飾品と居心地の良さから大変好評となり、主に中流から上流階級の社交場として栄えます。ここからコーヒーと共に「喫茶店」の概念が世界各地に広がっていくこととなりました。

イスラム世界からヨーロッパへ

イスラムと交流があり、貿易も盛んであったヴェネツィア共和国でも、1645年(正保)にサンマルコ広場周辺でコーヒーハウスが開店します。のちに、サンマルコ広場周辺はコーヒーショップブームが到来して次々と開店しますが、その中のひとつ「ヴェネチア・トリオンフォンテ」は、「カフェ・フローリアン」として現在も営業を続ける、世界で最も古いカフェのひとつと言われています。さらにその5年後の1650年(慶安3年)にはイギリスのオックスフォードでもユダヤ人によるコーヒーハウスが開業し、1652年(慶安5年)にはロンドンでもオープン。様々な国で情報交換や意見の交換の場として重要な役割を果たしてきたと言えるコーヒーハウスですが、特にロンドンにおいては、世界的に見てもその傾向は強く、コーヒーハウスはイギリス民主主義の基盤として機能したとも言われます。そんなロンドンでは、有名なコーヒーハウスがいくつか誕生することとなりますが、その中でも船主たちが多く集まり、店では船舶情報を載せる「ロイズ・ニュース」をなども発行していたロイズ・コーヒーハウスは船舶保険業務もかねることとなり、これが今のロイズ保険会社の起源となっています。さらに、このようにコーヒーハウスで交流していた客のうち、共通の趣味や話題を持つ者同士でコーヒーハウスの一室を借り、定期的に集会を開く人々が現れますが、ここから「クラブ」という概念が形成されたとされています。それから、しばらく空いて1683年(天和3年)、トルコ軍による第二次ウィーン包囲がきっかけとなり、敗走したトルコ軍が残していった物品の中に大量のコーヒー豆が発見され、それをもとにウィーンで初めてコーヒーハウスが開店されます。フランスにおいては、すでに上流階級の間では飲まれていたコーヒーでしたが、1686年(貞享3年)、それまで東洋風であったコーヒーハウスの様とは異なるフランス様式のカフェ「カフェ・ド・プロコープ」がオープンします。劇場の近くに位置していたこともあり、こちらのカフェは人気俳優たちや劇作家、音楽家が集まる「文学サロン」とも称されることとなります。さらに、フランス革命期には、政治家やジャーナリストたちが激論を戦わせる舞台となり、こういった背景からカフェ・ド・プロコープも歴史が動いた重要な舞台のひとつであったと考えられています。

アメリカ大陸におけるコーヒー

現在は、「イタリア系コーヒー」と肩を並べる「シアトル系コーヒー」がある程アメリカで飲まれているコーヒーですが、実は昔はイギリスの飲用習慣をそのまま引き継いだかたちで、主に飲まれていたのは紅茶でした。しかし、その後イギリスが「茶条令」を発布し重い茶税をかけます。これに怒ったアメリカの人々は、ボストンに停泊していたイギリスの東インド会社の船を襲い、積み荷の紅茶をすべて海中に投げ捨ててしまいました。これがアメリカの独立戦争のきっかけとなる1773年(安永2年)に起こった「ボストン茶会事件」です。この事件を機にアメリカは紅茶よりもコーヒーを好むようになっていったのです。そして、各所にコーヒーハウスが次々と開店し、ついに19世紀初頭には世界最大のコーヒー消費国にのし上がることとなりました。