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和食店[日本食]事典

和食店[日本食]事典

不可能と言われた和食チェーンを成功させた「和食さと」

「和食さと」は、サトレストランシステムズ株式会社が運営する和食をメインとしているファミリーレストランチェーン店です。和食を中心に幅広い年齢層にも対応した数多くのメニューを用意しており、キッズメニューも麺類・すし・ハンバーグ・エビフライ・からあげ・ポテトなど、豊富なバリエーションがそろいます。地域に密着し、最もお客様に信頼される和食レストランを目指しています。

不可能を可能にした和食チェーン店

不可能を可能にした和食チェーン店

サトレストランシステムズ株式会社は、重里進氏が1968年(昭和43年)に設立した株式会社尼崎すし半本店が始まり。昭和40年代は、ファミレスやファーストフードがブームとなっており、和食のチェーン化は不可能と言われていました。そこで寿司店を経営するかたわら、レストランをチェーン展開していきました。1974年(昭和49年)に商号を株式会社サトに変更し、1979年(昭和54年)には関東地区、中部地区に進出。100店舗の出店を達成しました。

2015年(平成27年)2月時点で、和食さとは198店舗を構え、系列ブランドの和食鍋処 すし半、法善寺総本店、天丼・天ぷら本舗 さん天、活魚廻転寿司 にぎり長次郎、廻転寿司 京都 CHOJIRO、京寿司 都人、出前寿司 にぎり忠次郎、かつやを展開。さらに台湾、インドネシア、タイに展開する海外店舗を合わせて324店舗を構え、台湾、インドネシア、タイでも現地法人と合弁会社を設立して日本最大の和食レストランチェーンを展開しています。

システム化された外食産業へ

和食をメインとしたブランド展開は、重里進氏の長男で、現在の社長である重里欣孝氏がプロジェクトリーダーとなり、1985年(昭和60年)に奈良県の橿原で実験店舗を出店させたことからスタートします。この段階ではまだ和食だけではなく、洋食にもウエイトを置いていました。1987年(昭和62年)に和食だけの「さと」の展開を始めます。重里欣孝氏が「こんなにお客さんが入るものか」と驚く程どの店も絶好調で、その後も出店を加速していきます。1993年(平成5年)に重里欣孝氏が社長に就任すると、1998年(平成10年)には展開していたステーキ店や郊外型の居酒屋などの他業態を廃止して、和食1本に絞りました。商号もテーブルサービス中心のレストラン業を本業に、システム化された「外食産業」へと進化していく姿勢を表した、現在のサトレストランシステムズ株式会社に変更。「安心・安全へのこだわり」「環境保全への取り組み」「地域・社会への貢献」を積極的に推進しています。

目指すは「包丁のない和食店」

サトレストランシステムズ株式会社は、和食だけに特化していることで商品を絞り込み、損益分岐点を低くすることに成功しています。原材料については自社で世界中から直接仕入れを行ない、安全管理も自社で行なうことで、品質・価格ともに安定した食材を提供できる仕組みを構築しています。また、無沸騰型茹麺機やマイクロ波炊飯器などをメーカーと共同開発してキッチンの機械化、システム化を進め、店舗での調理負担を軽減。「包丁のない和食店」を目指し、加工済みの食材を使うことで安定した料理を提供しています。