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焼肉屋[韓国料理]事典

焼肉屋[韓国料理]事典

日本の焼肉屋の歴史をご紹介

家族やグループ、カップルまで、日本人なら誰しも馴染みのある焼肉屋。昔ながらの大衆的な焼肉屋からリーズナブルなチェーン店、特別な日にも最適な高級店など、現在では幅広い形態の焼肉屋が軒を連ねています。そんな焼肉屋のそもそものはじまりとは? これまでの経緯とは? そんな焼肉屋のルーツをたどります。

焼肉のルーツ

焼肉のルーツ

焼肉屋はもとより、日本人は飛鳥時代から狩猟が盛んで、野山の動物を直火で焼いて食していたことは文献などでも明確にされています。その後の奈良時代、天武天皇によって「殺生禁断令」が出され、日本の食肉文化が途絶える形になったものの、明治時代には肉食が解禁。解禁後は焼肉という料理ではなく、牛鍋や西洋料理が主流で、焼肉が浸透しはじめたのはさらにあとの戦後のこと。食糧難に陥っていた当時、牛や豚の内臓を在日朝鮮人が入手し、直火で焼いて食べさせる屋台をはじめ、人気を博したと言います。このホルモン焼き屋が、のちにロースやカルビなどの精肉も取り入れ、現在の焼肉屋へと発展していきました。

焼肉屋のはじまり

在日朝鮮人によるホルモン焼き屋が広まり、1946年(昭和21年)に、今では焼肉の元祖とされる「明月館」「食道園」が誕生。その他多くの名店が次々と登場し、そのほとんどが日本に残った在日韓国朝鮮人らによって創業されました。つまり、現在の日本の焼肉文化の発展は、彼らの貢献が重要な役割を果たしたとも言えるでしょう。ちなみに、高級焼肉店の先駆けでもあり、タンに塩とレモンを組み合わせた「タン塩」の生みの親とも言われる、「叙々苑」を創業した新井泰道氏は「明月館」の出身です。

焼肉屋の改革

1950年代後半からの高度成長期とともに、一躍人気となっていった焼肉。さらにそのあと押しとなったのがエバラ食品から発売された「焼肉のタレ」。このタレを肉に揉み込めば家庭でも焼肉屋の味を楽しめるという商品で、一気に家庭でも焼肉が浸透。また、肉を揉み込まず、焼いた肉をタレに付けて食べる、という当時では斬新な食べ方もこの商品により広まり、日本独自の付けダレ文化が生まれたと言います。

さらに焼肉屋の改革と言えば、「無煙ロースター」の登場です。それまで焼肉屋と言えば、モクモクと漂う煙は覚悟のうえ訪れる場所でした。そのため、特に女性からは敬遠されがちだった焼肉屋ですが、煙を吸うロースターが登場したことで、そのデメリットをカバー。1979年(昭和54年)に無煙ロースターが登場して以来、全国の焼肉屋で標準装備されるようになりました。今や焼肉大国の韓国にも輸出している程、功績を残しています。

近年の焼肉屋

1991年(平成3年)、牛肉の輸入自由化により牛肉の価格が一気に低下。この頃から「牛角」をはじめとするリーズナブルな焼肉店が増えはじめ、気軽に焼肉屋へ足を運べるようになりました。その一方で、輸入牛との差別化を計るために「国産牛」という呼び名が誕生した他、松阪牛や前沢牛といった銘柄も注目されるようになり、消費者の意識も向上。焼肉屋のメニューにも様々な牛肉表記が記されるようになりました。