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寿司屋事典

寿司屋事典

業態の多様化が進む日本の国民食「寿司屋」

一般的に寿司屋とは、握り寿司を提供する店のことを指します。寿司は日本人の国民食とも言われており、今や全国どこでも寿司屋を見付けることができます。近年は嗜好の多様化に伴って、職人技で魅せる高級寿司店のみならず、ファミリーで楽しめる回転寿司、宅配寿司の専門店など、業態の多様化が進んでいます。

握り寿司が全国へ広がった背景

握り寿司が全国へ広がった背景

現在では「寿司屋=握り寿司を提供する店」とのイメージが一般的ですが、握り寿司はもともと東京近郊でのみ食べられていた料理でした。「寿司」と呼ばれる料理は全国に数多くあり、かつては、家庭でも店でも、その土地に伝わる郷土寿司を作っていました。

米不足により外食が下火に

握り寿司の寿司屋は、江戸時代に屋台としてスタートしました。東京で誕生した握り寿司は、明治時代にはすでに全国で知られていましたが、それでもなお関西では箱寿司のほうが一般的で、その他の地方でもその土地の郷土寿司が食べられていました。

その後、戦争による深刻な米不足により1941年(昭和16年)に「生活必需物資統制令」が公布され、6大都市で米が配給制になりました。それと同時に「外食券」が登場し、この券がないと外で米を食べられなくなったのです。それにより、家庭で郷土寿司を作ることも、寿司屋で外食を楽しむことも難しい時代となりました。

寿司の定義を「握り寿司」に統一

戦後も外食券の制度は継続されましたが、東京の寿司屋の組合が様々な方面へ交渉を行ない、1947(昭和22年)4月に寿司の「委託加工制度」をスタートさせました。これは、米一合を寿司屋へ持っていきネタの金額を支払うと一人前10個の握り寿司に加工してもらえるという仕組みで、他の外食業にはない、寿司屋だけに許された権利でした。職人の特殊技術を用いて米と魚を握り、ひとつの料理を完成させるためというのがその理由だったようです。このとき、寿司組合が東京の握り寿司と巻き寿司のみを「寿司」と定義し、東京の委託加工制度に倣うよう全国に通達を出しました。郷土寿司はその定義に含まれていなかったため製造・販売ができず、かつては地方で郷土寿司を作っていた店も握り寿司を提供するようになった結果、全国に江戸前の握り寿司を提供する店が普及したと言われています。

保存技術の進化や交通網の発展も一因

江戸前の握り寿司が普及した背景には、委託加工制度の実施だけでなく、冷凍・冷蔵技術の進歩や交通網の発展もその一因に挙げられます。山奥の地域などでは、寿司は保存食としての側面もありましたが、鮮度の高い魚が食べられる環境が整ったことで、握り寿司が受け入れられていったとも考えられます。

近年の寿司屋の動向

かつて寿司と言えば高級料理の代名詞でもありましたが、近年は、回転寿司店や持ち帰り専門店といった新しいタイプの寿司店が増加したことにより、身近な外食として、寿司の大衆化が進んでいます。その反面、高級路線を貫く寿司屋では、立地と食材にこだわるとともに、内装を豪華にしたりワインや日本酒などアルコール類のバリエーションを増やしたりと、独自のサービスに力を入れているところも少なくありません。