ご希望の飲食店情報を無料で検索できます

クックドア

文字サイズ

和食店[日本食]事典

和食店[日本食]事典

全日本調理師協会名誉会長として多くの門下生を抱える料理人「神田川俊郎氏」

1939年(昭和14年)京都府出身の日本料理人で、「神田川本店」の店主で、全日本調理師協会名誉会長として多くの門下生を抱えています。自身が経営する割烹「神田川」のみならず、多数のテレビ出演、食商品の監修、イメージキャラクター、講演・ディナーショーなど「花に水、人に愛、料理は心」をキャッチフレーズに様々な媒体で活躍しています。

「洗心亭」修業時代

「洗心亭」修業時代

1939年(昭和14年)11月15日に京都に生まれました。祖父が東京と京都に開いた鰻店「神田川」を名字として用いていますが、本名は「大竹俊郎」です。中学を卒業後、大阪の「洗心亭」の調理長の宮下氏の下で修業を開始します。盛り付けは器に絵を描くような気持ちで盛るなど料理の極意を学びます。

「なだ万」修業時代

1954年(昭和29年)、大阪を本拠地とする老舗料亭「なだ万」に向板として迎えられました。向板は、花板、立板、煮方、焼方などに続く立場で、お造りや刺身など魚の調理を担当します。入社直後、料理長から魚をおろすように命じられます。若くして名門「なだ万」の向板になった腕前に他の料理人たちの注目が集まりました。「人生で一番引き締まった思いがした瞬間」でしたが、緊張と自己顕示欲によって手元が狂い実力を発揮できませんでした。気持ちに隙があると、料理はうまくいかない。自戒の念を込めて「料理は心」と神田川さんは言います。

「神田川」開業

22歳になった1958年(昭和33年)に「なだ万」から独立し、大阪市北区に創作おでん店「ふく柳」を開店しました。1965年(昭和40年)北新地に、新日本料理・割烹「神田川」を開きました。JR北新地駅から徒歩5分、JR大阪駅阪神梅田駅から峰見へ徒歩10分、御堂筋を西に入った路地にあります。1階は天然木を使った13席のカウンター、2階は落ち着いた雰囲気の4室35席の座敷になっています。「神田川本店」をはじめ、天ぷらの「味神田川」、おでんの「雪月花神田川」、さらにはフレンチを大胆に取り入れた和食を提供する「和ふらんす神田川」の4店舗を同じエリアに構えています。

料理の他の活動

「伯方の塩」、「サークルKサンクス」などのテレビCMのイメージキャラクターや、おせち料理のプロデュースもしており、「神田川俊郎監修」の食品や料理が多く販売されています。日本全国の旅館やホテルでディナーショーや講演会を行なっており、調理の啓発活動にも力を入れています。

フジテレビの人気バラエティ番組「料理の鉄人」に挑戦者として5回出演しており、3勝2敗の成績をあげています。初代和の鉄人道場六三郎さんとの対決は大きな注目を集めました。また、道場さんのあとを継いで2代目和の鉄人となった「なだ万」の後輩中村孝明さんとの対決では見事勝利し、鉄人引退へと追いやりました。その後も門下生を修業の一環として同番組に出演させていました。