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居酒屋事典

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古くは平安時代にまでさかのぼる!?居酒屋の歴史

旬の料理をつまみにお酒を楽しみながら、交友関係を深められる居酒屋は、日本独特の文化であり、なくてはならない存在です。このような居酒屋が日本に登場したのは平安時代であると言われています。ここでは、平安時代から江戸時代、明治~大正時代に分けて居酒屋の歴史を紐解いていきます。

平安時代と居酒屋

平安時代と居酒屋

平安時代初期に書かれた『続日本紀』には、761年(天平宝字5年)に皇族であばれんぼうの「葦原王(あしはらおう)」が飲酒中に相手を刺殺し、切り刻んで食べてしまった事件が記されていることから、奈良時代にはすでに居酒屋が存在したと言われています。当時の酒は高価なものだったため、「魚酒禁令」など酒を禁じる政令が庶民に対して頻繁に出され、貴族だけが酒を飲むことを許されました。庶民は酒粕を湯で溶いたものを飲んでいたとしていますが、庶民の間でも酒造りが普及し、これまで貴族のためにあった酒が、庶民も飲めるようになったのが経緯です。

江戸時代と居酒屋

江戸時代は、各地で城下町を中心に商業が盛んになり、酒を楽しむ人が増えました。

歌舞伎の演目である黙阿弥(もくあみ)の『慶安太平記(けいあんたいへいき)』でも、江戸時代前期の武士で浪人であった丸橋忠弥が大酒飲みとして描かれており、はしご酒をするシーンや、台詞の中に居酒屋やつまみとしてハマグリ、キハダマグロが登場しています。また、徳川家康が江戸に入った慶長年間には、お城の改修工事で集められた武士、商人達のために、酒屋だった「豊島屋」が居酒屋を併設しました。この「豊島屋」は、東京千代田区に酒屋として現在も続いています。

寛政年間の居酒屋は、酒屋と同じく杉の葉を束ねた「酒林(杉玉)」が店の看板代わりで、入口に縄のれんをかけたことから、居酒屋のことを「縄のれん」と呼ぶようになりました。

また、1657年(明暦3年)の江戸の大半を消失した「明暦の大火(めいれきのたいか。振袖火事、丸山火事とも言う)」のあと、江戸を復興するために多くの職人が集まり、それらの人たちに飲食を提供する「煮売屋」や「一膳飯屋」などと呼ばれる食堂が誕生。煮売屋は食事だけでなく、酒も用意し、居酒屋のような役割を果たしていました。

明治~大正時代は洋風居酒屋が登場

明治時代は、文明開化によって日本の食文化に大きな変革をもたらし、「牛鍋屋」が大繁盛しました。牛鍋屋では、日本酒、ビール、シャンパンを飲むことができましたが、ビールやシャンパンは日本酒の10倍位以上の値段でした。

また、1875年(明治8年)頃になると、横浜でビアガーデンがオープンし、1895年(明治28年)には大阪で夏場だけのビアガーデン、東京では1899年(明治32年)にビアホールがオープンしました。さらに、コーヒー店であり、酒も提供するフランス形式の「カフェ(カフェー)」も出現し、大正時代に入ると、当初の喫茶店と料理屋、居酒屋をかねたフランスと同じような形式のカフェから、女性客が集うカフェへ変化。さらに、カウンターで洋酒を出すバー、ダンスと酒を楽しむダンスホールへと、洋風居酒屋は細分化されていきました。