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東京のご当地グルメと言うと、意外にもすんなり出てこないのではないでしょうか。実はあまりにも生活に浸透し過ぎていて、郷土料理と認識されていない東京のご当地グルメ。ちゃんこ鍋にべったら漬け、おでんなど、 名前を聞けばそうなのかと思う物も多数あります。そんな歴史あり、なじみありの東京グルメの数々を見ていきましょう。

岸ゆうなと岸ゆづる
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東京のご当地グルメ・名物料理まとめ

東京ご当地グルメ

江戸時代、幕府が置かれたことによって急速に発展していった東京。そんな東京のご当地グルメは、幕府の設置もあり特に江戸時代を中心に確立、広まっていきました。
江戸時代と言えば、冷蔵庫もなく、まだまだ食品の保存が便利に行なえなかった時代です。そんな時代に編み出されたグルメは、先人の知恵が活きた、しっかり保存ができる物ばかりで、中には普段から食べているような料理も東京のご当地グルメであったりします。
今回は、東京の歴史を交えながら、ご当地グルメの中でも郷土料理と言われる歴史ある料理をご紹介。

エビにコハダに。現代に通じる「江戸前寿司」

江戸前寿司

寿司は日本食の代表として世界でもよく知られています。寿司にも様々な種類の物がありますが、「江戸前寿司」という言葉を聞いたことがあるという人は少なくないのでは。江戸前寿司は、現代の寿司に通じる物がある東京の郷土料理です。

もともと寿司は、なれずしを起源にした物で、魚や米を麹などと一緒に漬けて発酵させた物でした。しかし時代の流れとともに変化し、徐々に生の魚介類を使用するような形になっていきます。そうした流れの中、1800年代のはじめあたりに江戸前寿司が確立していきました。
江戸前寿司を開発したのは、江戸の寿司職人。生で食べるというよりは、煮たり焼いたり、ときには魚をしめた物を酢飯と一緒に握って作ったのです。代表格は、「ゆでたエビ」、「コハダ」、「穴子」、「玉子」など。現在でも食べられている物ばかりだということが分かります。

そして、カウンターをはさんで客と向かい合わせの状態になり、板前がネタを提供するというのも江戸前寿司流。少し格式のある寿司屋を想像してしまいますが、実は屋台のような場所で寿司を振舞われていた、庶民派のグルメでした。今では、築地をはじめ、全国的に親しまれる料理にまで発展しています。

両国の力士の食事に起源がある「ちゃんこ鍋」

ちゃんこ鍋

ちゃんこ鍋は、もともと力士たちの間で食べられていた鍋料理のことを指します。ちゃんこ鍋と言うのは、力士の食事のことを全般的に「ちゃんこ」と呼ぶため。鍋料理であることから、ちゃんこ鍋と呼ばれるようになりました。

実は、ちゃんこ鍋のはじまりは明治時代です。東京の両国にある出羽海部屋で、鍋を中心とした食事がはじまったことが起源。
とにかく、相撲で取組をして、かつ白星を挙げるには、十分な体力と相撲に適した身体作りが必要になります。たくさんの量を食べられて、かつ十分な栄養もあるということ、そして食事の準備や後片付けが楽であることから、ちゃんこ鍋が力士の間で食べられるようになりました。

現代においては、たっぷり栄養を摂れて、様々な食材を食べられるということから、力士の間だけに限らず、一般的にも食べられるようになってきたちゃんこ鍋。やはり、ちゃんこ鍋を提供しているお店が多いのが、発祥の地でもある東京の両国周辺です。
地方においても、地方場所が開催される地域を中心にちゃんこ鍋が食べられる店舗が見られます。ちゃんこ鍋においては、特に決まった具材がないので、店ごとに違う食材、違うだしが楽しめるのが特徴。

全国でも人気のグルメ「おでん」

おでん

ゆで玉子に大根、こんにゃくなど、しみ込んだ和風だしがおいしいおでん。コンビニでも気軽に食べられるなじみ深いグルメで、牛すじやウインナーなど様々な種類のおでんが登場しています。大根やこんにゃくといったヘルシーな食材が多いのも人気のヒミツ。
今や全国的に食べられる料理となりましたが、実は、そんなおでんも東京の郷土料理だと言われています。

現代のおでんから想像するとあまりにもかけ離れているため想像しづらいですが、おでんの起源は豆腐田楽です。田楽とは、食材に辛みそを付けて頂く料理のこと。豆腐田楽が広まってからは、なすの田楽や里いもの田楽など、様々な食材に応用されるようになりました。こんにゃくの田楽もそんな田楽の応用のひとつです。実はこの、こんにゃくの田楽こそがおでんの起源。こんにゃくの田楽がはじまりということからも分かるように、もともとおでんは、みそだれを付けて頂く料理でした。

江戸時代、江戸時代以降と現代の煮込みおでんになった時期は諸説あります。ただし、1887年(明治20年)に煮込みおでんがさらに発展し、汁気の多い物になったという事実から考えると、少なくとも1887年以前から煮込みおでんがあったというのが一説です。

江戸の庶民派!まろやか玉子の「柳川鍋」

柳川鍋

東京のご当地鍋料理と言えば、柳川鍋も外せません。柳川鍋は、どじょう料理のひとつ。下処理をしたどじょうに、ごぼうのササガキを入れて煮込み、玉子を入れてとじるという料理です。
どじょうのうまみが、玉子とごぼうによって引きだされた、食べやすいご当地グルメで、しっかりと栄養を摂ることができるので、スタミナ付けにもおすすめします。

柳川鍋の由来は、江戸時代に柳川というお店ではじまった、福岡の柳川にある柳の葉がごぼうのササガキに似ているからなど、諸説あり。ただ、福岡で柳川鍋が親しまれていなかったため、江戸にあった柳川というお店で出された料理から柳川料理と言われるようになったという説が有力です。使用されているどじょうにはあまり関係がありません。

現在では、もともと柳川鍋が庶民派な料理であったということもあり、東京下町を中心に専門店で柳川鍋を堪能することができます。玉子入りのまろやかな味わいは、年代を選ばないグルメとして人気です。

大胆などじょう料理「どぜう鍋」

どぜう鍋

どぜう鍋も、柳川鍋同様にどじょうを使用した鍋料理です。どじょうを鍋に並べて、割り下という調味料で煮込んだ鍋のことを言います。
柳川鍋の違いは、ササガキのごぼうや玉子を一緒に煮込まないという点。基本的には割り下でどじょうを煮込んだだけのシンプルな料理です。通常のどぜう鍋は、簡単に下処理を加えたどじょうを並べるだけという大胆な物なので、好みの別れるグルメ。

なお、どぜう鍋のどぜうは、どじょうのことを指します。なぜあえて「どぜう」というのかというのは、どじょうにすると4文字表記になってしまうためです。4は、日本ではあまり良い意味として捉えられていない数字。4文字の表記を避けるために、「どぜう鍋」として表記されるようになりました。

江戸っ子たちの庶民的な料理として発展してきたどぜう鍋ですが、現代でもどぜう鍋の歴史は紡がれ、浅草などを中心にどぜう鍋が振舞われています。少し独特なご当地グルメを頂きたい人におすすめ。

わさびが手に入らない先人の知恵から生まれた「べっこうずし」

べっこうずし

東京と言うと、新宿や渋谷など都会的な物をまず思い浮かべるのが普通です。確かに日本の首都として栄えているというのも側面ではありますが、実は豊かな自然が残っている場所も多くあります。東京の区外もそうですが、東京都に属している島が結構あるためです。
小笠原諸島をはじめ、様々な島が東京にはあります。中でも、観光地としてもよく知られているのが、伊豆大島です。べっこうずしは、そんな東京の界隈で独自に発展していきました。

青唐辛子を漬けたしょうゆのたれに、魚を漬け、漬けておいた魚を酢飯と一緒に握った料理です。青唐辛子入りの特製のたれに魚を漬けて際に、程よく色づくのですが、色づきがべっこうに似ていたことから、べっこうずしと呼ばれています。なお、青唐辛子はわさびの代わりで、普通はわさびを、さらに付けて食べることはありません。ネタには伊豆大島で獲れる魚を中心に、鯛・マグロ・カツオなど使われています。

深川の漁師たちの生活から生まれた「深川めし」

深川めし

江戸時代、東京の深川名物として、カキやハマグリなど、様々な貝類が漁獲されていました。貝類がよく獲れていたということもあり、深川の漁師たちのまかないには、貝類が中心だったと言います。ただし、仕事をはさんで食べるまかないであったため、塩ゆでの貝類や、海水で簡単な具材と一緒に煮た貝類をごはんにかけるというシンプルな物。貝類をぶっかけて食べるという漁師たちが日常的に食していたごはんが深川めしの起源です。深川丼と言われることもあります。

現代の深川めしは、あさりを中心とした貝類とネギや豆腐などを入れた味噌汁をごはんにかけて頂くという物。あさりに豆腐に味噌などと言った食材を一気に取れる健康的なグルメです。また、深川めしと言うと、ぶっかけ式の物ではなく、あさりの炊き込みごはんを指すこともあります。ただし、炊き込みの深川めしは大工の食事に起源がある物でした。漁師たちの食べていた深川めしとは少し異なる物です。

家庭の和食「佃煮」も東京のご当地グルメ

佃煮

佃煮は、しょうゆやみりんを使って、魚や海藻などを濃く煮つめた料理のこと。今や全国的に広く親しまれていますが、実は400年以上もの歴史を持つ東京のご当地グルメです。実は、佃煮の歴史をたどっていくと、ある有名な人物に辿り着きます。東京都の前身であった江戸の町を発展させ、江戸幕府の頂点に立った徳川家康。戦国時代、数々の戦をくぐり抜けてきた徳川家康でしたが、のちに豊臣秀吉の天下に繋がった本能寺の変から難を逃れる際に摂津(現在の大阪あたり)の佃村に住む漁師から小魚煮を道中食として分けてもらいました。

のちに、徳川家康は恩人である漁師たちを江戸に招き、特別な漁業権を与えます。以降、佃村から来た漁師たちの小魚煮が発展して、佃煮となりました。漁師内だけでなく、一般的にも広まるようになったのは、腐りにくく、保存がしやすいというのが理由のひとつです。佃煮の種類はとても豊富で、分類としては小魚の他、貝や海藻と言った水産物のほか、きゃらぶき、豆類などの農産物を使ったものもあり、さらにはしそ昆布などいくつかの素材を使用した混合と呼ばれるものもあります。

甘さが他とは違う「べったら漬け」

べったら漬け

漬物は和食の脇役ではあるものの、食卓によく並べられる代表的な存在。漬物と言っても様々な種類がありますが、「べったら漬け」は漬物の中でもよく知られています。べったら漬けは、塩漬けした大根を、甘酒を中心とした麹で漬けた物で、同じく大根を使った漬物であるたくあんとは異なり、見た目は白い大根のままです。

甘酒をベースとしていることだけあって、塩味ではなく、やわらかで甘みのある独特な味わいが特徴。なお、べったら漬けと呼ばれるようになったのは、麹で漬けた大根を触ったときの感触からです。べっとりしていることから、べったら漬けと呼ばれるようになりました。東京の日本橋、宝田神社では、「べったら市」という催事が行なわれていますが、べったら漬けは、そんな「べったら市」の名物ともなっています。東京の郷土料理は、多くが庶民向けの料理から発展した物ですが、べったら漬けも例外でなく、東京では古くから家庭で親しまれてきた漬物です。

独特の臭いがする島のグルメ「くさや」

くさや

臭いの強い食べ物としてよく知られているのが納豆。東京のご当地グルメでもあるくさやは、そんな納豆よりも臭いが強い食べ物で、強い臭いを持つ日本料理の中でも、上位に挙がってくる程の食べ物です。

くさやは江戸時代に生まれた食べ物ですが、べっこうずし同様に、伊豆諸島が発祥の地となっています。当時、は貴重な食品だったため、魚を保管するための塩漬けとして同じ塩を何度も使用していました。くさやは、そんな魚の成分が溶け出た塩水を発酵させてできた、くさや液に魚を漬けた物。独特のくさみは、直接魚を発酵させるなどして生まれた物ではありません。
なお、トビウオやムロアジなどがくさやの材料となります。くさやと呼ばれるだけあって、独特のくさみがありますが、適度な塩分と酒のつまみに合う独特の味わいが特徴。
現代では広く食べられなくなってきましたが、発祥の地である伊豆大島を中心に、八丈島など東京都でも少し離れた島で受け継がれています。

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