グルブロ!(食べ歩きグルメブログ)

国内最大級の飲食店情報サイト「クックドア」

スープに麺と具を入れただけのごくシンプルな料理ながら、日本人がなぜか夢中になってしまう魅惑の一品・ラーメン。カジュアルな雰囲気から一流グルメとは区別されがちな料理ですが、今や日本人の国民食とも言える程です。そんな中、新たな定番としてファンを増やし続けているのが、別添えのあつあつのスープに、冷水で締めた麺を付けて食べる「つけ麺」というジャンル。今回はそのつけ麺の元祖と言われる「大勝軒系ラーメン」について、つけ麺を考案した店主の生い立ちから人柄、印象的なエピソードまで、余すことなくご紹介します。

岸ゆうなと岸ゆづる
国内最大級の飲食店情報サイト「クックドア」

記事

つけ麺の元祖!特製もりそば「大勝軒」特集

大勝軒系ラーメン

日本人の心をとらえて離さない魅惑の食、ラーメン。見た目のカジュアルな雰囲気から「B級グルメ」と称されることも多い料理ですが、昨今では格付けガイドブック「ミシュラン」で星を獲得する店舗も登場し、もはや「B級」とひとくくりにはできない程です。そんな中、新たな定番として大人気を得ているのが、別添えのあつあつのスープに麺を付けて食べる「つけ麺」。そのつけ麺の元祖と言われ、店主の人柄も話題となった「大勝軒系ラーメン」について、今回はご紹介します。

つけ麺で有名な「大勝軒系ラーメン」って何?

大勝軒系ラーメン

「つけ麺と言えば大勝軒」「大勝軒のつけ麺が一番好き」と断言する方も多いのではないでしょうか。あつあつのスープに麺を浸して食べる「つけ麺」の元祖・東池袋に構える「東池袋 大勝軒 本店」には、”ラーメンの神様”と呼ばれた創業者であり店主の山岸一雄さんの味を求めて、連日行列が絶えません。そんな大人気の同店ですが、山岸さんは心不全のため2015年(平成27年)4月に逝去。当時、ニュースとして報道されましたが、ラーメン店の店主としては異例とも言えるでしょう。

その後は「南池袋大勝軒」の店主を務めた弟子の飯野敏彦さんが、「東池袋大勝軒」を継承。飯野さんはいわゆる大勝軒系ラーメンを受け継ぐ弟子のひとりで、山岸さんが完成させた「スープ」、「麺」、「チャーシュー」や「メンマ」は、今もなおのれん分けした弟子たちに引き継がれ、その人気は絶えることがありません。

ところでラーメンファンのみならず、業界人や芸能人、政治家からも愛された山岸さんですが、「ラーメンの神様」とまで言われたゆえんは何だったのでしょうか。その理由をひもとくために、氏の生い立ちに迫ってみましょう。

従兄弟の誘いで、ラーメン店開業を目指す

山岸さんが誕生したのは1934年(昭和9年)のことです。長野県中野市で生まれ育ちましたが、7歳のときに父親を亡くしたことから妹や母親の面倒を見るため、1950年(昭和25年)、中学の卒業を機に上京。

東京では下町・向島の印刷機の部品製造工場で、腕の良い施盤工として働き、周囲から将来を嘱望されていた山岸さん。しかし従兄弟の坂口正安氏からの「ラーメン屋をやらないか」という熱烈な誘いに心機一転、ラーメン屋を目指すことにしました。そこから工場をやめて、東京西部・阿佐ヶ谷の「栄楽」でラーメン修行を開始。ここで現在の「東池袋大勝軒」の核となる「自家製麺」「丁寧に作るスープ」の基礎が築き上げられたのです。

その後、坂口さんがラーメン修行から卒業する際に「僕も」と、一緒にラーメン修行を卒業した山岸さんは、坂口さんとともに中野区に「大勝軒」を開業し、独立。「大勝軒」という屋号は、「大きく軒並みに勝る」という言葉から名付けたそうです。

業績は順調に伸び、1954年(昭和29年)には代々木上原にも「大勝軒」を出店。坂口さんが代々木上原の店を本店と定めて店長を務めたため、支店となった中野区の店を山岸さんが任されるようになりました。

何気ない賄いメシが、現在の「つけ麺」の前身に

つけ麺

中野支店で、山岸さんが賄いメシとして食べていた「スープを注いだ茶碗に、冷たい麺を浸す」ラーメンが客の目にとまり、「つけ麺」の前身が誕生。商品化に至るまでには何度も試行錯誤を重ね、ついに1955年(昭和30年)に完成しました。このとき山岸さんが考案したラーメン「特製もりそば」こそが、現在における「つけ麺」の元祖と言われています。

つけ麺の商品化から6年後の1961年(昭和36年)6月6日、山岸さんは中野区の支店から独立し、とうとう自身の店「東池袋大勝軒」を開業。当時の東池袋はお世辞にも繁華街とは言えない場所でしたが、あっという間に評判が広まり、大人気となりました。

独立後もひたすら「つけ麺」の研究を重ね、「特製もりそば」とオーソドックスな「中華そば」がお店の看板メニューとして人気を集めました。以後も大勝軒はラーメン店として成功を続けましたが、無理がたたって手術を受けたり、最愛の妻を亡くしたりと、気力を失くすような不幸が山岸さんを襲います。それでも、ラーメンファンからの熱烈な支持を受けて復活

かつて弟子は取らない方針だった山岸さんですが、休業を機に弟子を取り、自身の味を継承させ広めていくことに心を砕いていきました。

山岸さんの意志を継ぐ弟子が、新たな「東池袋大勝軒」をスタート

2007年(平成19年)3月、自身の体調の悪化や東池袋の再開発もあって「東池袋大勝軒」を閉店。ファンに惜しまれながらの営業終了となりました。山岸さんの手による「東池袋大勝軒」はここで幕を下ろしましたが、2008年(平成20年)1月、同店の目と鼻の先に、飯野さんが店主を務める”新”「東池袋大勝軒」が誕生。飯野さんは山岸さんの実質的な継承者とされ、山岸さんから受け継いだ味「大勝軒系ラーメン」を提供しています。そんな”新店”がオープンする際、「大勝軒が復活した」とのニュースを聞きつけたファンによって、オープン前から長蛇の列ができました。

新店オープン後も、山岸さんは自身が創業した「東池袋大勝軒」のスープの味を変わらず提供していけるよう、飯野さんとともに厨房に立ち、味の継承に尽力。そして2015年(平成27年)、満80歳を迎えた”ラーメンの神様”は多くの弟子をこの世に残し、息を引き取りました。

護国寺で営まれた告別式には、常連をはじめラーメン関係者の他、当時の自民党議員・小池百合子さんやキヤノンの御手洗会長兼社長印南貴史(映画監督)など各界の著名人も参列し、総勢数百人もの人々が山岸さんとの別れを惜しみました。

”神様”の人柄を表すエピソード

大勢の人々から愛された山岸さんですが、人柄についてはこんなエピソードが残っています。

「東池袋大勝軒」の孫弟子・冨田さんは山岸さんのいた「東池袋大勝軒」に通い、この道に入ることを決めました。「山岸さんの”至って普通の優しいおじいちゃん”といった佇まいと、謙虚な人柄に惹かれた」とのことで、冨田さんがラーメンイベント「大つけ麺博」で優勝した際、つけ麺を広めた偉大な山岸さんにトロフィーを渡すと「ありがとう」と素直に受け取られたのだそうです。

また、山岸さんのドキュメンタリー作品を制作した印南監督によると「山岸さんの背中を見ていて、仕事は一生懸命にやるものだ、ということを痛感しました。山岸さんは味覚がすごく鋭くて、例えば、どのラーメンでも、すぐに大勝軒のラーメンにしてしまう。いつも自分の味が出せるということは、すなわち、仕事に対するスタンスが一定に決まっているということです」と言われています。また山岸さんは世間から批評を受けつつも過去につけ麺のレシピを公開したことがあり、それについて「舌が鋭敏で、どんなスープでも味をみて微調整して(正しい味で)出せる。舌が神様なんです。他のお弟子さんにはできません。レシピを公開したことで批判されたこともあるのですが、山岸さんからすると、自分の味が広まってほしい気持ちと、公開したところでまねできないという自負があったんです」と語りました。

山岸さんが完成させた「大勝軒系ラーメン」の麺とスープとは

麺

ラーメンの味のみならず人柄までも愛された山岸さん。そこで神様の味がどんな物だったか、ご紹介しましょう。

大勝軒の味の決め手は、山岸さんが生み出した自家製スープ自家製麺にあります。
麺は毎朝、その日の分だけを店内で製造。作る麺は「多加水卵中太麺」という卵を加えた麺でほんのり黄色みを帯びており、ツルツルとした滑らかさに、しっかりとしたコシが感じられます。製麺に加えられることの多い「かんすい」の割合を少な目に設定し、体への優しさも忘れません。つるみとコシを感じる体に優しい麺は、飽きずに最後まで食べられるように工夫されています。

そして「大勝軒系ラーメン」の命とも言えるスープは、「げんこつ」、「豚足」、「鶏」、「ひき肉」を使って肉の甘み・うまみを凝縮。そこに「煮干し」や「さばぶし」、「魚粉」など魚介のダシを加えることで、風味とコクをプラス。肉系と魚介系を合わせて煮て、ダブルスープにすることで豊かな風味を感じられるスープに仕上げています。

チャーシューやメンマにも、並々ならぬこだわりあり

チャーシュー

ラーメンのトッピングは、チャーシューメンマ。どちらももちろん山岸さんが考案したオリジナルのレシピと味付けです。

チャーシューは厳選した国産豚のもも肉を使用し、秘伝のタレに漬けてじっくりとグリルします。焼くと固くなってしまうため、固くならないようにやわらかさをキープしながら、タレと肉本来のうまみが絶妙なバランスになるように工夫をこらした逸品。

そしてメンマは乾燥させた真竹を水で戻し、オリジナルのタレで味付けをします。タレがしっかりしみこみ、歯ごたえも感じられる名物のメンマを完成させるために、3~4日かけてじっくり仕込むのが山岸さん流です。

食べて分かる”麺が主役”のつけ麺

つけ麺

山岸さんの心とこだわりが詰まった麺やスープ、そしてトッピング。これらを食べたファンの感想をチェックしてみましょう。

「冷水で締められた麺はツヤツヤと光り輝いている」
「今流行っている濃厚なつけ汁ではなくて、昔ながらのサラサラしたつけ汁」
「優しい味の大元はダシ汁ということが判明。巧みという他ないでしょう」
「麺はつけ麺らしく太め。卵風味が利いており、噛み心地、喉通りとも良い感じです。」
などの感想が寄せられています。

つけ麺のおいしさは麺にあり、麺が主役。小麦のおいしさが感じられるツルツル&シコシコの麺を、酸味と甘みが感じられるスープに浸すことで、より麺の味わいが引き立ちます。先述の通り、麺を最後まで飽きずに食べられるように工夫されているのは、つけ麺では麺が主役だからです。

東京のみならず、現在は全国各地にのれん分けをした弟子たちの店で、山岸さんが開発したつけ麺を食べることができます。ラーメンに一生をかけた山岸さんの渾身の作を、一度食べてみてはいかがでしょうか。

【施設情報】

こちらの記事も読まれています

ページの先頭へ戻る