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日本最古の外食産業

日本で一番古い外食産業ってなんでしょう?明治時代の洋食屋さん??いやいや、時代劇の暴れん坊将軍が一膳飯屋みたいなところでご飯食べてたけど…って、案外正解に近いかも知れませんね!?日本で外食産業が興った時代とその背景を探ってみましょう。

日本の外食産業は江戸時代に登場

日本の外食産業は江戸時代に登場

江戸時代初期には、まだ日本の外食産業は誕生していなかったようです。徳川幕府による安定した政権が続いていましたが、4代将軍家綱の時代に、江戸の大半が焼失してしまう明暦の大火が起こります。家で食事を作れない人たちが増えたからなのか、これ以降、ちらほらと飲食店らしきものが登場するのです。その背景には、大火をきっかけに地方からたくさんの人びとが移住を始め、その多くが単身の男性であったことや、参勤交代により武士の単身赴任で江戸に集まってきたという事情があるようです。外食への需要が高まるに連れ、様々な飲食店も増えていったのです。

どんなお店があったの?

どんなお店があったの?

簡単な外食の手段としては、食べ物を売り歩く「振り売り」や「屋台見世」がありました。貞享3年(1686)には、蕎麦切りや火を持ち歩く商売を取り締まるお触れが出されていますから、それなりの数のお店があったのでしょう。また、1694年に刊行された井原西鶴の「西鶴置土産」には、浅草の奈良茶飯のお店が出てきます。一般的には、これが料理屋の始まりだと言われているようです。ちなみに、奈良飯とは、奈良名産の茶飯を中心とした定食セットのようなものです。

高級料亭も出現

高級料亭も出現

宝暦から明和のころには、本格的な料亭の開業が始まります。かなりの高級店も姿を現し始め、明和8年(1771)に深川洲崎にオープンした升屋は、料亭の元祖と呼ばれ、献立もかなり充実していたとの記録が残っています。それからまもなく、料亭の八百膳が営業を始めますが、とても高級なことで名を馳せていたようです。文政5年に出された「明和誌」には、「いづれも上品にして値高事限なし」との記述があるようです。時代劇に登場するお代官様と越後屋が密会するような場所は、江戸にはたくさん実在していたのでしょう。外食産業の発展は、食文化の発展にもつながり、江戸時代には握り寿司や天ぷらなど、新しい料理が次々と生み出されていったのです。