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全国一のパン好きは京都人!?京都人が和食ではなくパンを好む理由

京都人が、日本で一、二を争うパン好きな市民だということを知っていますか?2010年まではパンの購入金額・購入数量とも日本一を誇り、2011年から神戸市にその座を譲ったものの、2位を確保しています。しかし、古くから港町として栄え、異人館などもあった神戸市の市民がパン好きというのはよくわかりますが、世界に誇る日本の古都「京都」が、西洋の代表的主食であるパンを長く好んできたというのは、少し、いや、かなり意外な気がします。では、その真相に迫ってみましょう。

「古都・京都」でパン文化が花開いたわけ

「古都・京都」でパン文化が花開いたわけ

食文化においても、伝統的な和食のイメージが特に強い京都ですが、洋食文化を紐解くと、実はかなりの"ハイカラで新しもん好き"という、ひと味違った京都の一面が見えてきます。

日本におけるフランスパン発祥の地・京都

京都は、日本の伝統的な建造物が至るところにあり、「古都・京都」として世界遺産にも登録されていますが、一方で、明治後期~大正期に創業した西洋料理店やレストランもあちらこちらにあり、日本に西洋文化が入ってきた当時の雰囲気を偲ぶことができる街でもあるのです。

そして、実は、日本で初めてフランスパンを製造販売したパン屋があるのも京都です。1913年(大正2年)に京都に創業したベーカリーショップ「進々堂」です。創業者の続木斉(つづきひとし)さんは、学生時代、内村鑑三の門下生として聖書と近代思想を学んだクリスチャンであり、「パンづくりを通して神と人とに奉仕する」という信念のもと、進々堂を開業しました。フランス語やフランス文学にも造詣の深かった彼は、本場のフランスパンに憧れ、日本人として初めて、パリへパン留学したことでも知られています。そして、パリから帰国後、ドイツの窯を輸入して日本初のフランスパン製造販売を開始したのです。

進々堂は、"ハイカラで新しもん好き"な京都人が当時、西欧文化の香りを求めていた指向にピッタリと合い、京都の人々から絶大な支持を得て、京都を代表するベーカリーショップとしての基盤を築いていったわけです。

ハイカラで合理的なものが好きな京都人

もう少し、京都人のパン好きの要因を探ると、"合理的"で新しい物が好きという姿も浮かび上がってきます。京都に、今もより選りの伝統あるものがたくさん残っているのは、それが、非常に理に適ったものであるためなのです。パンも、食べ物としては、とても合理的な食品です。持ち運びも容易で、手軽に食べられ、腹持ちも良く、栄養価も高い。京都市の街中は職人の町でもあるため、おやつを提供するのに、そういったパンの合理性が好まれたこともひとつの要因になっているのかもしれません。