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レストラン事典

レストラン事典

レストラン・ウエディングを初めて導入した料理人「平松宏之氏」

1952年(昭和27年)神奈川県出身で日本人として、初のミシュラン1ツ星を獲得した料理人です。「レストランひらまつ」のオーナーシェフで、「株式会社ひらまつ」を東証一部上場企業にまで育て上げた経営手腕も高く評価されています。日本とフランスで修業を重ねてオープンした「レストランひらまつ」のパリの店舗が日本人オーナーシェフ初のミシュラン1ツ星を獲得。東証一部上場企業「株式会社ひらまつ」のトップとして2015年(平成27年)2月時点で28店舗を経営しています。

修業時代

修業時代

1952年(昭和27年)、神奈川県横浜市に生まれました。東京都立荻窪高校在学中にフランス文化に興味を持ち、赤坂のフランス料理店「ラ・フォンテーヌ」で2年間修業しました。自分の店を持つためにはレストラン経営学を学ぶ必要があると考え、1972年(昭和47年)東京YMCA国際ホテル専門学校に入学、夜間には「ホテル・オークラ東京」のサービス部門で働く生活が始まりました。

「ホテル・オークラ東京」が誇る日本のフランス料理店「ラ・ベル・エポック」では、日本にヌーベル・キュイジーヌをいち早く持ち込んだジャン・ドラベーヌ氏の作った料理に魅了されながらも、料理だけではなくお客さんと交流して満足してもらう真心を学びました。

日本人オーナーシェフとして初のミシュラン1ツ星を獲得

2年でYMCAを卒業、念願の「ホテル・オークラ」の調理場に就職をしましたが、8時間労働で残業を制限されてしまったため、2年で退職、六本木のフランス料理店「レ・ジャンス」に移りました。2年後の1976年(昭和51年)渡仏し、ナントの2ツ星レストラン「デルファン」と「ホテル・フランテル」で修業したのち、パリに移って1981年(昭和56年)までの5年間修業しました。

1982年(昭和57年)に西麻布でレストラン「ひらまつ亭」をオープンし、24席で一日70万円を売り上げる人気レストランとなりました。1988年(昭和63年)渋谷区広尾に移転、「レストランひらまつ」に改名しました。1994年(平成6年)、有限会社から「株式会社ひらまつ」へ移行し、その後も各地にレストランを展開していきます。2002年(平成14年)には、パリの知識人が愛したセーヌ川に浮かぶ島サンルイ島に「レストランひらまつ・サンルイ・アンリル」を開店、翌年には日本人オーナーシェフとして初のミシュランの1ツ星を獲得しました。

レストランひらまつ

平松氏のレストランの総本山、広尾にある「レストランひらまつ」の一階には絵画の並ぶ小さな美術館のような荘厳なラウンジが広がっています。2階はバー、3階がレストランになっています。ディナーのコースは1人9,500~21,000円。一流の料理作りと徹底したサービスで不況の波の中にあっても満席続きです。

「株式会社ひらまつ」は、2003年(平成15年)3月にジャスダック市場上場、2004年(平成16年)に東証2部に上場し、2010年(平成22年)には東京証券取引所市場第1部に上場を果たします。オープン・カフェや今では結婚式の定番のひとつとなったレストラン・ウェディングを日本で初めて導入。不況の中でも勢いを伸ばし続ける平松氏の経営手腕が高い評価を受けており、シェフとしてだけでなく有能な経営者としても様々な活躍をしています。