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レストラン事典

レストラン事典

ヨーロッパで修行を重ねスイス大使館にも勤めていたフランス料理人「三國清三氏」

1954年(昭和29年)北海道生まれのフランス料理人で、「オテル・ドゥ・ミクニ」をはじめ数多くのレストランを有する三國グループ「ソシエテミクニ」の代表取締役です。その経歴は、自社の拡大と表彰の歴史になっています。「帝国ホテル」料理長の村上信夫氏の下で修業中、その才能を見出され弱冠20歳にして駐スイス大使館の料理長に就任しました。その後「ジラルデ」はじめヨーロッパの一流レストランで修業しました。

札幌修行時代

札幌修行時代

1954年(昭和29年)8月10日北海道留萌支庁管内増毛町出身の料理人です。父は漁師で、母は農業をしており、7人兄弟の3男として生まれました。1969年(昭和44年)、中学校卒業後、札幌・南16条の米店で働きながら夜間調理師学校に通いました。同店の取引先だった「札幌グランドホテル」で修業をはじめ、半年後正社員になりました。1971年(昭和46年)、総料理長の斉藤慶一氏に紹介状を書いてもらい、小野正吉氏のあとを継いだ村上信夫氏が料理長を務めていた東京の「帝国ホテル」へ移りました。

「帝国ホテル」とヨーロッパ修行

1973年(昭和48年)、村上信夫料理長の推薦で駐スイス日本大使館の料理長に就任すると共に、20世紀最高のフランス料理人フレディ・ジラルデ氏のもとで修業を積みました。5年間務めた大使館を辞め「ジラルデ」で本格的に修行を開始しました。その後、ロアンヌの3ツ星レストラン「トロワグロ」、リヨン近郊の2ツ星レストラン「オーベルジュ・ドゥ・リィル」、ラ・ナプールの2ツ星レストラン「ロアジス」、厨房のダ・ヴィンチと称されたアラン・シャペル氏の「アラン・シャペル」で修行を続けました。1982年(昭和57年)に帰国し、市ヶ谷にあった「ビストロ・サカナザ」にシェフとして迎えられました。

「オテル・ドゥ・ミクニ」開業

1985年(昭和60年)、東京四谷に「オテル・ドゥ・ミクニ」を開業しました。1989年(平成元年)、ニューヨークのレストラン「キルテッド・ジラフ」で「ミクニ・フェア」を開催したのを皮切りに、日本国内は勿論、世界各地で毎年のように開催しています。「三國グループ」は、現在「オテル・ドゥ・ミクニ」を中心に関東エリアに12店舗、「ミクニナゴヤ」、「ミクニタカマツ」、「ドメイヌ・ドゥ・ミクニ」、「ミクニサッポロ」を有しています。三國氏プロデュースのレストランは国外にも広がっています。

受賞歴

1996年(平成8年)にアジア12ヶ国最優秀シェフ「ボンラック・グレート・シェフズ・オブ・アジア賞」受賞。1998年(平成10年)には、ルレ・エ・シャトー協会の"世界のトップ・シェフ60人の一人"に選出、翌年フランス・ボジョレーのルレ・エ・シャトー世界5大陸トップ・シェフ5人にスペインのミシュラン3ツ星「サンティ・サンタマリア」、ワシントンの2ツ星「パトリック・オコーネル」、ロサンゼルスの2ツ星「トーマス・ケラー」、イタリアの3ツ星「ルイサ・ヴァラッツァ」、イタリアの3ツ星「ナディア・サンティーニ」と共に選ばれました。

「フランス高級料理組合」に日本人として初めて加入しています。2002年(平成14年)に食品産業技術功労賞「特別賞」、翌年にはフランス共和国農事功労章「シュヴァリエ」を受勲しました。2010年(平成22年)、フランス農事功労章「オフィシェ章」を受勲。2013年(平成25年)トゥール大学より「美食学」の名誉博士号を授与されています。