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レストラン事典

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洋食メニューの代表格「ハヤシライス」の歴史

牛肉やタマネギ、キノコ類などをデミグラスソースや赤ワインと一緒に煮込み、ごはんの上にかけて頂くハヤシライスは、洋食メニューの代表格です。味の決め手はやはりデミグラスソース。シンプルでありながら深い味わいを感じることのできる、店のこだわりが詰まった料理です。

明治時代の日本で生まれたハヤシライス

明治時代の日本で生まれたハヤシライス

ハヤシライスは、明治時代に日本で独自に生み出された洋食メニューですが、誕生の由来には諸説あります。

福沢諭吉の門下生、早矢仕有的氏が考案した説

ひとつめは、出版社・書店として知られる「丸善」の創業者、早矢仕有的(はやしゆうてき)氏が考案したという説です。早矢仕氏は、世襲制が当然だった当時の日本においていち早く近代的な経営を手がけた人物としても知られており、西洋の文化・学術を広く紹介することに尽力していました。早矢仕氏は、自宅に招いて友人たちに手料理をふるまうのが趣味であったとされ、そこで披露された料理のひとつが、現在のハヤシライスであったと伝えられています。

療養食として考案された、との説も

友人にふるまったという説の他、医師としても活躍していた早矢仕氏が、栄養失調の患者のためにハヤシライスを考案した、という説もあります。

天皇の料理番、秋山徳造氏が考案した説

また、当時の宮内省(現在の宮内庁)で料理長を務めていた秋山徳造が考案したという説もあります。当初は宮内省のみで食べられていたハヤシライスを、秋山氏の弟子である林氏に伝授。その後林氏は東京・上野にある老舗フランス料理店「上野精養軒」の料理長を務めるにあたって秋山氏が考案したハヤシライスをメニューとして提供するようになり、一般にも広く知られるようになりました。

ハッシュドビーフがなまって「ハヤシライス」になった説

一方で、スライスした牛肉をデミグラスソースで煮込んだ「ハッシュドビーフ」にごはんを添えた料理を「ハッシュドビーフライス」と呼ぶようになり、それがなまって「ハヤシライス」になったとの説もあります。

ハヤシライス=ハッシュドビーフ

ハヤシライスとハッシュドビーフの違いは特に明確ではありません。デミグラスソースをメインにしているものがハッシュドビーフ、トマトソースやケチャップを使用して甘めに仕上げたものがハヤシライスという説もあるようですが、一緒の料理であるとする説も見かけます。どちらも、メイン食材には牛肉とタマネギを使用する場合が多いようですが、それ以外にキノコや野菜を加えたり、牛肉ではなく豚肉や鶏肉を使用したりと、自由度の高い料理でもあります。

最近のトレンドは「オムハヤシ」

ハヤシライスの派生メニューとして、オムライスとハヤシライスを組み合わせた「オムハヤシ」があります。ハヤシライスは味のベースがデミグラスソースであるため、ケチャップライスや玉子との相性が良く、多くのレストランで見かけることができます。人気の洋食メニューであるハヤシライスとオムライスの両方を1度に味わえるため、おトク感のある料理であることが、人気を集めている秘密のようです。